言葉の器

 言葉の器




 狭い部屋にくしゃみと咳の音が響く。
 体がだるいうえ、熱い。
 だか布団を多く着込んでいる。
 風邪をひいてしまったから。

 「うう、どうしよう。マジでヤバイってばよ・・・。」

 一人暮らしは何とも不便である。
 風邪を引けばすべて自分ひとりでしなければならない。
 辛いのに更に体を辛くさせるし、何とも寂しい。
 ああ、したい事もしなければいけない事も出来ないなんて。
 この上なく機嫌も悪い。

 「ヘクションッ!・・・病院、行くべきかな・・・。」

 出来る事なら病院にはいきたくない。
 行くまでがキツイし、それに多かったら待たなくてはいけない。
 考えるだけで悪化しそうだ。

 「誰か・・・来てくれないかな。」

 誰かって、誰だ。と思った時、部屋に来客を告げる音が鳴った。

 ピンポーン。

 ドアを開けたいのはやまやまなんだが、体が重い。
 客人はインターホンを連打する。

 ピンポーンピンポーンピンポーン・・・。

 五月蝿い、きっとコイツは招かれざる客なんだ、さっさと何処か行ってくれと心の中で願う。
 そして諦めたのか、音が止んだ。これで休める。
 そう思った直後、窓が開いた。何者かによって開けられたのだ。

 「だ、誰だ!・・・ってお前か!!」

 「来てやったのに第一声がそれか、馬鹿は風邪ひかないって言うのに。」

 「サスケお前、冷やかしに来たのか?」

 「俺はそんな悪趣味じゃねぇよ、もっとも風邪ひいてるヤツに冷やかしに来るほど暇じゃないがな。」

 「それなら何にし来たってばよ・・・。」

 「看病。」

 彼はさらっと言い持参した荷物を机の上に置いた。

 「・・・、オレを?」

 「お前の家に来て他人の看病するやつ何処に居る。」

 「まぁ、そうだけど・・・。」

 彼は話を続けた。

 「今日は黙って俺の言う事聞いとけ、いいな。」

 「・・・どうせならサクラちゃんとかが良かったってば。」

 「風邪ひいたテメーに文句言う権利は無い。」

 少し不服ではあるが、仕方が無い。だまって布団を深くかぶる。
 布団の中で考えてみた。何故サスケが来たのだろう。
 確かに助かる、それに寂しくない。
 そう考えるならサスケでもいいかも。
 と思ったとき、彼が声をかけて来た。

 「おい、お前どんな症状だ?」

 「えー症状・・・、熱が出て、くしゃみと鼻水が出て、体がだるい。」

 「風邪だな完璧に。薬とかあるか?」

 「ないってば。」

 「・・・普通は置いとくだろ、普通は。」

 「なんだよ、オレが普通じゃねーって言いたいのか?」

 「そうだろ、お前風邪ひいた事無いのかよ。」

 「んーあんまり。」

 「はぁ・・・、だからか。まぁ馬鹿だからしょうがねえ。」

 「馬鹿馬鹿言うな!オレだって人間だから風邪ひくの!」

 「・・・ああ、そうか、お前はウスラトンカチだからな。」

 「変な解釈してんじゃねぇ。」

 コイツは風邪を引いても関係ないように話しかけてくる。
 病気なんて罹るもんじゃないなとしみじみ実感した。
 そんな普段の茶番をしていると、だんだん気分が良くなって来た気がする。

 「全く、お前病人らしくしてろよ。これじゃ何時もとかわんねぇだろ。」

 「お前がこうさせてんだろ。バカサスケ。」

 「フン、もう直ぐ昼だし、なんか作るか。」

 「作るって、何を?」

 「病人食。」

 「不味いのお断りだから。」

 「病人食ってのはな、あんまり美味くないだよ。」

 「でも美味いの食べたい。」

 「風邪ひいてるやつがガタガタぬかしてんじゃねぇよ。」

 「いいじゃん、風邪ひいてるんだからもちっと優しくしてくれよ。」

 「そうして欲しかったらもっと病人らしくこてることだ、ウスラトンカチ。」

 そう言って彼は台所へ向かった。
 サスケの背中がとても広く見えた。
 こんな時思う、どうしてこんなに違うのだろう。
 何時も一緒に居て、同じ事してるのに、どうして追いつかないのだろう。
 何時も何時も足を引っ張るのは自分であり、あいつはオレに足を引っ張られる。
 こんなことの繰り返しになるのはどうしてか。
 努力もしてる、毎日修行してるのに、追いつく事はない気さえする。
 悔しくて堪らないのに、どうしても同じ所に立てない。
 今もそうだ、オレが風邪をひくからあいつが看病しに来たんだ。
 サスケにとっちゃ迷惑な話だ。オレだって悔しい。
 どうにもこうにもならないから仕方ないなんて諦める気はないけれど、世の中って上手くいってはくれないから。
 一度でいいからサスケを負かしてみたいものだ。
 そんな今考えたってどうにもならないことを考えていた時、彼がふと話しかけてきた。

 「お前、昨日何してたんだ?」

 「え?えーと・・・、エロ仙人を温泉街で見つけたから修行付き合えって言って追いかけてたらさ、滝で修行してろって
  言われたからその通りにしてたら結局見てくれなくて、仕方なく濡れたまま帰った。」

 「帰った後ちゃんと拭かなかったからこうなったって訳か、まったくウスラトンカチらしい。」

 「だって修行してたんだぜ、しょうがないってばよ。」

 「修行して風邪ひいたなんて唯の馬鹿だろ、理由を修行のせいにしてんじゃねえ。」

 「なんで、怒られなきゃいけないんだよ、お前なんかに。」

 「怒られたくなかったらこんな風邪、二度とひくんじゃねぇぞ。」

 「そんなの言われなくたって・・・。」

 「フン、何だよ。言い返せないのか?」

 「テメェ、喧嘩売りに来たのかよ。」

 「別に。ほらさっさと寝てろ。」

 「お前、ムカツク。」

 「勝手にムカついとけ。」

 本当は、「ムカツク」なんかより「ありがとう」って言いたい。
 でも、それは正直言って、負けを認めたようなものではないのか。
 こんな事思うのは多分、サスケだから。
 他の人には「ありがとう」って言えるのに、サスケには言えない。
 いや、唯言いたくないだけなんだ。
 コイツにだけは負けたくないから。
 では他の人には負けたことになるのかと自分に問いかける。
 違うと思った。他の皆には、普通に話せるから勝ち負けも何も無い。
 だけど、サスケは違う。
 目が合えば直ぐに喧嘩になるし、助けてもらった時に「ありがとう」なんて言葉をかけた記憶がない。
 気が付けば、また迷惑をかけている。
 もうこんなふうにはしたくない。

 「なぁ、サスケ。」

 「何だ。」

 「・・・何時までここに居るってば?」

 「・・・さあな。」

 「そっか・・・。」

 唯もう少し、素直になりたい。
 素直になって、「ありがとう」と言いたい。
 もうちょっと、近くに居て欲しい。
 そう思うのはきっと、心の中でサスケにとって特別な存在で居たいと思うから。
 実を言うと、このことはとっくに知っている事で、唯認めるのに時間がかかっただけである。
 返事をした後毛布を深々とかぶってサスケを見ていた。
 台所から米を研ぐ音がした。なんだか安心する。
 そうして徐々に目蓋が重くなっていった。
 
 しばらくして目が覚めた時、ゆっくりと体を起こして窓を覗くとあたりはもう夕日が沈みかけていた。
 部屋には人の気配が無い。もう帰ったのだろうか。
 机の上には小さな一人分の土鍋と小皿、蓮華が置いてあるだけで他には何も無い。
 少しばかり部屋の掃除もしてあり、こじんまりした部屋に一人取り残されたようで、寂しい気分になってくる。
 熱もどうにか引いてくれたみたいで、明日は任務に復帰できそうだ。
 結局また言えなかった「ありがとう」が自分の中に溜まっていく。
 どれだけ溜めているのだろう、きっと沢山あるに違い無い。
 自分のこんなところに嫌気がさす。
 そんな自分に呆れてベットに倒れこむ。天井が何時もより薄暗く映る。
 外は紫から黒へ入りかけている。明日になればもう完全に言えなくなる。
 その時、ドアを開ける音が響いた。
 部屋が静かだったから、余計大きく聞こえた。
 期待と不安が過ぎる。
 見事期待を裏切ルとこはなく、サスケが居た。

 「あぁ、起きてたのか。飯食ったか?」

 「あ、え、いやまだ。」

 「何だよ、今起きたのか。食欲は?」

 「そこそこあるってば。」

 「そこそこってなんだよ。ほら薬貰ってきたから飯食ったあと飲んどけよ。」

 「え、帰るの?」

 「一日ついてたんだ、食欲あるならもう大丈夫だろ。それとも何だ?まだ居て欲しいのか?」

 「え、あーその・・・。」

 「何だよ、はっきり言えよ。まだ何処か悪いのか?」

 「その、ありがとってばよ・・・。」

 頑張っていった割には、何故か全て伝わりきった気がしなかった。
 日頃溜まっていたせいなのか、それもと気のせいか。
 そう言って顔を上げると、サスケの顔が少し驚いたように見えた。
 電気を点けなかったせいか、顔が薄暗い闇に包まれている。
 サスケはオレに背を向けて話しかけた。

 「・・・珍しく素直じゃねぇか、ナルト。」

 久々に名前を呼ばれ、嬉しさが湧き上がってきた。
 やっと同じところに立てた気がした。

 「へへ、何となくだってばよ。」

 少し恍けた真似をしてみた。
 オレの顔は笑顔でいっぱいだったのが自分でもわかる。
 日頃の感謝の気持ちとオレの想いを今はこれで勘弁してくれ。


 「ありがとう」って言葉は、案外頼りないと感じた。
 本当はもっともっと気持ちが伝わる言葉だと思っていたのに、上手く伝わらない気がした。
 これからは「ありがとう」より勝る最高の言葉をあいつにかけてやりたい。
 今のところ候補は「すき」の一つだけ。
 もっともっとそんな言葉が増えるといいのに。
 





 終






 *後書*
 恥ずかしいの一言です。
 ああ半年も書かないと最悪ですな。
 リハビリですハッキリ言って。
 もうこれしか言う事ないです・・・(泣)
 もっと馬鹿な感じに書きたかった(十分馬鹿だから)
 最後までお付き合い頂きありがとうございました。